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Villa Medici Master Class with Mr.Perticaroli & Pine Musica with Mr.Margarius and Mr.Petrushansky

6日~15日の間、2つの講習会に参加する為イタリアに行って来ました。
ひとつはイモラ国際ピアノアカデミーが
毎夏ヴェローナ近郊の街ピネで開催しているもの、
もうひとつはミラノ近郊の街ブリオスコで開催された
セルジォ・ペルティカローリ先生のマスタークラスです。
ピネで行うマルガリウス先生とペトルシャンスキー先生の日程がずれていたため
6日・7日にピネでマルガリウス先生のレッスン、
7日にブリオスコに移り13日までペルティカローリ先生のマスタークラス、
そして14日にまたピネに戻り今度はペトルシャンスキー先生のレッスンを受講し
15日にパリに戻ってきました。
マルガリウス先生、ペトルシャンスキー先生のレッスンは
いつもながら厳しいものでしたが
涼しく綺麗な空気のなかで過ごせたのでリフレッシュ出来ました。
ペルティカローリ先生のマスタークラスへ向かう日は
丁度イタリア鉄道、バスのストライキとぶつかり、
通常4時間半ほどで着くはずが乗り継ぎ駅などでの待ち時間が多く、
結局7時間ほどかかったので着いた時にはもうくたくたでした。。
マスタークラスでは毎日レッスンがあり、
夕食は先生と受講者全員でとり、
食後はバールやカフェをはしごしてアイスクリームとお酒を飲む
・・・という生活で、とてもアットホームな雰囲気で楽しく過ごせました。
先生はよく日本に来られるので日本語の単語を結構ご存知なのですが
私の日本の実家の最寄り駅を「あ~知ってる!」と言われた時は
ちょっとびっくりしました。
この街は列車の駅がないのですが、バスの本数も少なく、
タクシーが2台しかなく移動手段が大変で、
最終日に友人とミラノに行ったのですが
ブリオスコからミラノに向かう鉄道の駅があるアロージオまで
結局1時間歩いて行きました
今となっては良い思い出ですが、よく歩きました。。
受講者演奏会ではアンティークのピアノが多数置かれている
レッスン会場とは別棟の場所で行われ、
私は古いベーゼンドルファーで演奏する予定でしたが
調律がされていなく、私の前に弾いた人も同じピアノで演奏したのですが
余りに音が狂っている、という理由で
突然現代のスタインウェイピアノで弾くことになり
ショパンのエテュードOp.10-4、ラフマニノフの音の絵Op.39-6、
リストの超絶技巧練習曲10番を演奏させて頂きました。
練習曲はどんな時でも音楽とテクニックをしっかり機能させなければならないので
とても良い経験になりました。
受講者は13人だったのですが、まるで合宿のような雰囲気だったので
別れの時はちょっと辛かったです。。
そしてピネにまた戻り、14・15日とレッスンを受講し、
15日の夜にはパリに戻りました。
そしてその夜、もうすぐ完全帰国してしまう友人が何人かいるので
私の家でホームパーティーをしたのですが
さすがに私も疲れてしまっていたようで
何人かは朝の始発のメトロが動くまで我が家にいたのですが
私は途中から寝たり起きたりを繰り返してしまいました。
昨日16日はヴァイオリンのデュオの合わせをして、
今日はいよいよ日本に向かいます。
写真は全てブリオスコでのものです。
レッスン室、練習室、演奏会場となったヴィラ・メディチの
アンティークピアノのコレクション、
とても人懐っこい猫ちゃん、そしてペルティカローリ先生とのショット。
Participants takes lessons with Maestro Perticaroli hereI was practicing here
there are so many antique pianos! 1there are so many antique pianos! 2
cat at Villa Mediciwith Maestro Perticaroli

Written by yuko 2008.07.18 01:48 | No Comments

First International Meeting of Young Pianists “Reino de Leon”

この1週間、スペイン北部はレオンという街に行っていました。
ホアキン・ソリアーノ、フランス・クリダ、オクサナ・ヤブロンスカヤ
各氏のレッスンを受講し、
三夜開催された受講生選抜コンサートでは
初日の最後に、1130人収容可能の立派なホールで
不思議とスペイン風な音色が出るベーゼンドルファーを使用して
プロコフィエフの7番のソナタを演奏しました。
ホールの響きが素晴らしかったことと、
聴衆の皆様がとても温かく聴いて下さって
集中して臨むことが出来ました。
コンサートホールの外観と舞台の写真です。
auditoriodeleon1auditoriodeleon2
講習会ではスペイン人の参加者が多く、
他はロシア人、ポーランド人、イタリア人がいましたが
アジア人は私一人だけで最初はどうなることかと思ったのですが
受講生は優しくて楽しい人ばかりで
最終日はレセプションパーティーの後、
ショットバーでagua de Valenciaという
レモンがベースのウォッカの様なリキュールを飲み、
その後はクラブへ行き、朝の4時に宿泊施設に戻りました。
朝7時10分の列車でマドリッドへ向かい、
観光してからパリに戻ろうと計画していて列車の切符も購入済みだったのですが
あろうことか目覚ましが作動せず、気付いたら朝7時50分。。
こんな失態は初めてだったのでものすごい脱力感でした。
というわけでマドリッド観光はあきらめ、次の13時半の列車に乗ったのですが
この列車のトイレが使用不可能になってしまい、
一定の時間が経つとトイレ休憩で駅に長く停車して
通常4時間でマドリッドに着くものが結局約6時間もかかりました。。
私の乗る飛行機のチェックイン終了時刻が迫っていたので
駅から空港まで走れるところは全てダッシュ、
勢いがつきすぎて空港に着いた時は
チェックインする前にセキュリティチェックに着いてしまい、
「違う!!」と自分につっこみながらチェックインカウンターへ戻り
ギリギリで乗ることが出来ました。。。
実は私にとってスペインはトラブル続きの鬼門の様な国で
以前もパスポートや航空券を盗まれたり、胃を壊したりと
散々な目に遭って来たので、今回も心配していたのですが
ドタバタ劇はあったものの、無事にパリに戻ることが出来てほっとしました。
今回の講習会ではパラドールという、
昔貴族の館や修道院だったものを国が買い取って
ホテルに改装した施設で行われました。
レオンのパラドールはスペインで2つしかない5つ星ホテルのうちのひとつで
歴史を感じさせる素晴らしい建物の中で素敵な時間を過ごすことが出来ました。
レッスンは毎日あって内容も厳しかったのでハードでしたが
空き時間にはカテドラルや聖イシドロ教会、ガウディ設計のCasa de Botines、
パラドール内にあるサンマルコス修道院の教会やレオン美術館にも足を運び、
フランスやイタリアとはまた違った装飾や色合いを楽しみました。
新たな友人も出来、色々な場所へ行く事が出来て幸せだなあと思いました。
パラドール(旧サンマルコス修道院)の写真です。
paradorparador1parador2parador3
こちらはパラドールのフロントにあったレトロな電話。
この電話でホテルの客室と通話出来ます。
telephone in Parador
ヤブロンスカヤ先生のレッスン室。
lesson room of Mrs.Yablonskaya in parador
ガウディ設計のカーサ・ボティネスと、この建造物の前に佇むガウディ。
casadebotinesgaudi
街のシンボル、カテドラル。
catedral1catedral2
レオンとはライオンを意味するようで
あちこちにライオンの像やライオンのマークのマンホールなど、
ライオンをモチーフにしたものがありました。
ベルネスガ川にかかる橋にあるライオンの像と、橋からの風景。
statue lionbernesga river
ヤブロンスカヤ先生と息子さんのドミトリー・ヤブロンスキー氏と。
息子さんはチェリストであり指揮者でもありますがスペイン在住で
イタリア語も堪能でびっくりしました。
彼は大の日本贔屓で、毎日寿司を食べたいくらいだとおっしゃっておりました。
with Mrs.Yablonskaya and her son

Written by yuko 2008.07.03 10:52 | No Comments

ヴァイオリンとのデュオリサイタル

dca90a6d.jpg岩手と宮城を襲った大地震、
こちらでもニュースになりました。
まだ行方不明の方が沢山いらっしゃるようですね。。
被害に遭われた方のご冥福と
一刻も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
秋葉原での事件にも大変驚きました。。
私も電化製品を買いに訪れたりするので
他人事とは思えません。
昔は欧米に比べて日本はなんて安全なのだろう
と思っていましたが
(例えば電車の中で眠っていてもスリなどの犯罪に遭わないなど。。)
今はどこでいつ何時事件に巻き込まれるか分からない世の中になってしまったのですね。。
さて、6月15日にマレ地区にあるアルメニア教会にて
ピアノとヴァイオリンのデュオリサイタルを開催させて頂きました。
■プログラム
ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番作品78「雨の歌」
ラヴェル:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
最初から最後までソロではない演奏会は実は初めてで
ソロとは違う雰囲気に段々緊張してきてしまって、
最初から「私たちらしさ」を
エンジン全開でアピール出来なかったことは課題ですが
特にラヴェルではヴァイオリンとの対話や駆け引きを
楽しんで演奏する事が出来ました。
アンコールにはドビュッシー=ハイフェッツの
Beau Soirを演奏させて頂きました。
ヴァイオリンの小形真奈美さんは桐朋学園大学の同期生の妹さんで
昨年の秋からパリ生活をスタートさせた縁で知り合いました。
今月初旬に彼女はエコールノルマル音楽院の試験を終え、
最高課程のディプロムを満場一致で取得した
強い意志と艶やかな音が魅力のヴァイオリニストです。
ひょんなことから結成したデュオですが
8月、11月には2回、パリでまた演奏会を開催させて頂く運びとなりました。
更に精進して参りますので、見守って頂けたら嬉しいです。
当日足を運んで下さった方、本当にありがとうございました!
終演後はサンルイ島にある有名なアイスやさん「ベルティョン」へ。
イタリアとはまた違う上品な味に癒されました。
写真は会場となったアルメニア教会の入口に掲げられた看板。
ここだけ切り取って見てみると
パリの建造物とはまた違った雰囲気だなあと思いました。

Written by yuko 2008.06.18 12:54 | No Comments

2008年ももうすぐ折り返し地点・・・

歳をとると時間の経過が早く感じられるとはいいますが
私にとって今年の早さは尋常ではありません。。
自分の行動が時間の進み具合に対して周回遅れをしているような。。
・・・そんな感じで、頭と体がバラバラな塩梅です(^^;
5月ももう終わろうとしています。
今月は特に世界中で自然災害が多く発生しましたね。
人間が今までに自然を多く破壊してきた代償なのだろうか・・・
と、ちょっと考えてしまいました。
(地震はそれに当てはまるかどうかわかりませんが。)
海産物もどんどん獲れなくなってきているようですし
便利な世の中ではありますが、節度を持って生活したいものだなあと
改めて思いました。
また、災害に遭われた方のご冥福をお祈りすると同時に
一刻も早い復興を心より願っています。
といっても何が出来るわけでもないのですが。。。
何気ない日常を過ごせることに感謝して
自分の出来ることを精一杯やっていこうと思います。
さて、今月を振り返りたいと思います。
5月初旬にイモラへ行って来ました。
今回はイモラ国際ピアノアカデミーの生徒として最後の滞在です。
1998年10月から通った母校ともこれで最後かと思うと
感慨深いものがありました。
私にとってまさに人生の転機でしたから。。
でも、そんな思いに浸っている暇もなく、
マルガリウス先生、ペトルシャンスキー先生、
そしてフォルテピアノのフィウッツィ先生のレッスンを3日で計8時間受講し、
ボローニャでヴォロドス氏の演奏会を聴き、超絶技巧な指さばきに驚愕し、
久し振りの友人との再会を楽しみ
あっという間に時間が過ぎて行きました。
パリに戻るとすっかり初夏の気候になっており
友人に誘われて夕暮れのセーヌ川でピクニックをしました。
毎週リビツキー先生の弾き合いで弾かせて頂いたり、
マルティニー先生のヴァイオリンデュオのレッスン、
そしてリュクサンブール公園の近くにあるまた別の音楽院
「スコラ・カントルム」で開催されたセルジオ・ペルティカローリ氏の
マスタークラスを受講したりと
振り返ってみるとレッスン漬けな月となりました。
ペルティカローリ先生はフレージングと音の響きをとても大切にされており、
やはりイタリア人はどんな楽器でもベルカントを求めるのだなあと納得、
とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。
先週22日はAutomobile Club de France(フランス自動車クラブ)で
リビツキー先生のテクニックについてのレクチャーコンサートがあり
5人の門下生が演奏しました。
私はショパンのエテュード作品25-4、10-8、10-4を演奏させて頂きました。
会場のピアノはイタリアのファツィオーリ(Fazioli)で
いかにもイタリア的でブリリアントな響きでした。
門下生の演奏で良い刺激を受け、自分の課題も見えました。
因みにフランス自動車クラブのサイトはこちらです↓
http://www.automobileclubdefrance.fr/index.php
今月末はイタリア、来月はスペイン、
7月はイタリアへ行き、そして7ヶ月振りの一時帰国をします。
8月はパリに戻った後プラハへ行き、そしてまたイタリアです。
・・・書いているだけでちょっと頭がくらくらして来ましたが
頑張ってこなしたいと思います。
写真はスコラ・カントルムの入口の門、
リビツキー先生のレクチャーコンサートが行われた会場入口、
フランス自動車クラブの入口に飾られたルノーのF1マシーンのハンドルです。
イモラサーキットで見ていたF1の車の内部を見ることが出来て嬉しくなり
一人で勝手に興奮してしまいました。
スコラ・カントルムACF1ACF_Renault
それからもうひとつご紹介。
シャトレ劇場の近くにあるバー&レストラン「bam」の店内です。
内装が素敵で、お料理もとてもおいしかったです。
お店のURLはこちら。 http://baramanger.canalblog.com
日曜日のお昼限定のブランチメニューもあります♪
シャトレにあるバー&レストランbam

Written by yuko 2008.05.26 03:40 | No Comments

プラハ

久し振りに大量の楽譜やホカロンを持たない旅をしました。
行き先はモーツァルトゆかりの地であり、ビールがおいしい国、チェコ。
2泊3日、じっくりプラハの街を観光しました。
ちょっと長い日記になりますが、お時間ある方はお付き合い下さいませm(__)m
1日目に見たところを箇条書きにしてみます。
・聖ミクラーシュ教会
・プラハ城
・聖ヴィート大聖堂
・聖イジー教会
・黄金小路
・ダリボルカ
・カレル橋
・ユダヤ人地区のシナゴーグ
・芸術家の家(ルドルフィヌム。プラハ交響楽団の本拠地)
・旧市庁舎
・天文時計
・旧市街広場/ヤン・フス像
・エステート劇場(スタヴォフスケー劇場)にて
 モーツァルトの歌劇「魔笛」を観劇
印象に残ったのは聖ヴィート大聖堂内部の美しさ!
何枚かあるステンドグラスの1枚はアルフォンス・ムハ(ミュシャ)がてがけており
とても素敵でした。
300段近いらせん状の階段を登り、
そこからプラハの街を一望出来るのですが
その景色も素晴らしかったです。
プラハ城入口聖ヴィート大聖堂内のオルガン聖ヴィート大聖堂内ムハ作ステンドグラス
聖ヴィート大聖堂上から望んだプラハの街並み1聖ヴィート大聖堂上から望んだプラハの街並み2
いつかテレビで観た、天文時計の仕掛けを楽しみにしていましたが
仕掛けが動く時間が意外と短くて拍子抜けしてしまいました(^^;
天文時計の仕掛けが動いているところ
魔笛が催された劇場はモーツァルトが「ドン・ジョバンニ」を初演した劇場で、
その場所でモーツァルトの歌劇を見る事が出来て嬉しかったです。
ただ、言葉がドイツ語ではなくチェコ語だったのには驚きました!
言葉が違うだけで随分音楽の雰囲気も変わるのだなあと思いました。。
エステート劇場外観エステート劇場1エステート劇場2
この日は結構寒くて、手がかじかんでしまいましたが
念願のプラハを訪れることが出来てとても嬉しかったです。
2日目は以下の場所へ行きました。
・火薬塔
・市民会館
・黒い聖母の家
・ベツレヘム礼拝堂
・ムハ美術館
・ティーン教会
・聖ミクラーシュ教会(旧市街広場の方)
・クレメンティヌム
・ダンシングビル
・国民劇場にてビゼーの歌劇「カルメン」を観劇
ティーン教会外観、ヤン・フス像市民会館(スメタナホールがある会館)旧市庁舎広場カレル橋
国民劇場外観、街を走るトラム国民劇場1国民劇場2
国民劇場3夜のカレル橋とプラハ城
ムハ美術館は行ってみてよかったです。
彼の油絵を初めて見る事が出来て、それがとても気に入りました。
そして、彼の作品を見ることによって
チェコの音楽の特徴を自分なりに把握することが出来たのも収穫でした。
それから国民劇場はとても美しかったです!
「カルメン」もカルメン役の歌手がとても艶っぽくてよかったです。
また、劇場では素敵な日本人のご夫婦と席が近いこともありお話させて頂き
とても楽しみにご覧になっていたのが印象的でした。
終演後は時間が遅くなり、レストランを探すのに一苦労して
結局旧市庁舎近くのレストランに入ったのですが
そこでテーブル担当の方がチェコとイタリアのハーフの女性で
しかもイモラとそう遠くないモデナ出身ということが分かり
最初は英語で無愛想な感じだったのが
イタリア語になった途端、とても感じが良くなり
彼女が大好きなイタリア人の歌手の歌の話をしたりしました。
また、隣りのテーブルに座っていた人はアジア系オーストラリア人の建築家だそうで
パースにオペラハウスを建築する予定だという話を聞きました。
その方もたまたまカルメンを観ていたそうで話も弾んだのですが
久し振りの英語での会話は頭が疲れてしまいました(^^;
このレストランでは時間が遅かったせいか色々な人に話しかけられました。
知らないうちに私の似顔絵をどこかのおじさんが描き、
それを私に見せて「この絵は君をハッピーにさせたか?」と聞いてきます。
「あんまり・・・」と言うと納得せずに何度も同じ質問をしてきました。
仕方がないので「嬉しいです」と言ってみると
おじさんは満足そうに笑い、近くのテーブルで宴をやっていたグループに
絵描き代を請求し、彼らからお代を頂戴して喜んで帰って行きました。
こういうハプニングは旅ならではだなあと思います。
愉快な夜となりました。
いよいよ最終日。以下の場所へ行きました。
・ベルトラムカ(モーツァルト記念館)
・聖イグナチオ教会
・新市街市庁舎
・聖キリルと聖メトディウス教会
・ドヴォルジャーク博物館
・聖ヴァーツラフの騎馬像
・市民会館
・旧市庁舎/天文時計
モーツァルト記念館はちょっと郊外にあるのですが
緑の多い小高い丘にあり、辺りを散策するのが気持ち良かったです。
内部の資料も充実していて、彼がプラハで初めて弾いたというピアノや
遺髪も展示してありました。
また、彼の音楽を愛するチェコ人のために
魔笛がチェコ語にアレンジされて上演されたことをここへ来て初めて知り、
チェコ語で魔笛を観ることが出来てよかったと思いました。
実はここへ来るまではちょっと腑に落ちなかったので。。
ベルトラムカ(モーツァルト記念館)門モーツァルトがプラハへ来て初めて弾いたピアノ
ドヴォルジャーク博物館ではベーゼンドルファーのピアノが置かれていました。
色々な楽譜も販売されていて、
交響曲「新世界から」のピアノ版を発見して、思わず購入。
勿論オーケストラで聴くのが一番だけれど
個人的な楽しみで弾けるのは嬉しいです♪
この博物館に入ってみて、
彼は作曲家の中では随分幸せな一生だったのだなあと思いました。
ドヴォルジャーク博物館外観ドヴォルジャーク博物館にあったピアノ
お昼に入ったレストランでもアジア人なのにイタリア語を話す私に
店員は興味津々の様子。。。
そのお店は日本語のメニューがあったのですが
余りに直訳過ぎて料理のイメージが湧かず、
困って「イタリア語のメニューはありますか?」と聞くと
「君は日本人なのに日本語は読めないのか?」と驚かれ
そうではなくて、このメニューだとどんな料理か分かり難いと返すと
どうも変な日本人がいると噂されたようで
次から次へと色んな店員が私に話しかけてくるという妙なことに。。
終いには「ユーロのコインを紙幣に換えてくれないか」と店員に頼まれ
換えてあげるとお礼に、と店内にあった巨大オルゴールを回してくれました。
それがとても面白い音で、中にはトライアングルやタンバリンが入っていて
それが機械仕掛けで動く様はとても楽しかったです!
レストランにあった巨大オルゴール
お昼を食べた後、ちょっと時間が余ったので
最後にもう一度天文時計を見てから空港へ向かうことにしました。
今度はカメラもセットせずじっくり見てみると
最初に見たときよりも落ち着いて見れてよかったです。
丁度イタリア人の団体が近くにいたのですが
仕掛けが動き終わると拍手が起きて「Grazie(ありがとう)」と言っていました。
こういう気持ちってなんだかほっとして良いものだなあと思いました。
そして荷物を預けていたホテルに戻り、無事帰路に着きました
・・・と言いたいところですが、
ホテルのフロントの人と随分話し込んでしまい、
もう少しで乗り遅れるところでした(^^;危なかった。。。
それにしてもプラハの人は人種差別がなく、誰にでも優しいですね。
ビールはいろんな種類があるし、どれもとてもおいしいし
そして伝統のものと新しいものがうまく共存している、
そんな印象を受けました。
郷土料理も食べることが出来ましたし、とても楽しい旅でした。
チェコのシャンゼリゼ通り!ヴァーツラフ広場聖ヴァーツラフの騎馬像と国立博物館聖キリルと聖メトディウス教会に残る銃弾の痕メトロの駅ホーム

Written by yuko 2008.05.03 04:59 | No Comments

アルゲリッチ女史&エル=バシャ氏&カツァリス氏

3月は1度もブログを更新出来ず失礼しましたm(__)m
イモラへ行って久し振りにピアノだけでなく、
フォルテピアノのレッスンを受けたり
気分転換にパリ郊外にあるディズニーランドパリへ行ったりしました。
3月末には誕生日を迎えました。
昨日12日にエコールノルマル音楽院のコンサーティスト課程の試験があり
ディプロムを取得することが出来ました。
昨年夏に予選が行われ、本選は8人の受験者が
課題曲のカーター作曲「再会」を含めた約45分の自由プログラムで臨みます。
私は下記のプログラムで演奏しました。
 J.S.バッハ:トッカータ BWV914 ホ短調
 シューマン:ソナタ第2番 作品22 ト短調
 カーター:再会
 プロコフィエフ:ソナタ第7番 作品83 変ロ長調
課題曲は12月に発表になりました。
因みに作曲者のエリオット・カーター氏は
エコールノルマル音楽院で学んだ、今年100歳になるアメリカ人です。
試験日に向けて、特にこの1週間は友人達にダメ出しをして貰ったり
試験当日は室内楽のマルティニー先生が本番直前に会いに来て下さり
緊張する私に「あなたのパーソナリティーを出せば大丈夫よ!」と
温かい笑顔とキスをして下さいました。
リビツキー先生はたまたまギリシャのコンクールの審査員長を務められており
残念ながらいらっしゃらなかったので、
マルティニー先生に本番直前にお会い出来た事はとても励みになりました。
そして、本番。
バッハは早起きのせいで多少眠かったのですが
それが功を奏したのか、大きな流れを持って演奏出来た気がします。
シューマンは音楽的な要素、呼吸に神経を注ぎました。
ただ、テンポが早くなり
ミスがいつもより多くなってしまったのが悔やまれます。
カーターは友人達のアドヴァイスのお陰で今までで一番
コントラストを出せたのではないかと思います。
プロコフィエフは3楽章の出だしが尋常ではないテンポで始めてしまい
結局そのままのスピードで最後まで行ってしまいました。。
全体的には「私のパーソナリティー」は出せたのではないかと思います。
それは私にとって一番の収穫でした。
演奏を終えてから審査員の顔ぶれを知って卒倒しそうになりました。。
学長のデービッド・ライブリー氏、
マルタ・アルゲリッチ女史、
シプリアン・カツァリス氏、
アブデル=ラーマン・エル=バシャ氏
こんな豪華な顔ぶれは大きな国際コンクールでもほとんどお目にかかれません!
結果発表では全ての方が気さくに話して下さり
こんなに素晴らしいピアニストの方達に聴いて頂き
本当に幸運だったなあと思いました。
私が選んだ曲目はアルゲリッチ女史のレパートリーばかりで
お話を伺うのが多少、腰が引けましたが
プロコフィエフの3楽章の速さを私が気にしていたら
「あの速さがよかった」とのこと。思わず笑ってしまいました。
エル=バシャ氏には音楽性を非常に評価して頂きましたが
「ミスがもっと少なければ1番だったのに・・・」と言われてしまい、
今後の課題を色々と言って頂きとても勉強になりました。
審査員全員からプロコフィエフを評価して頂いたことは本当に嬉しかったです。
結果は8人中合格者が3人と、意外にも厳しい結果に驚きながら
無事ディプロムを取得することが出来、ほっとしました。
また結果発表まで一緒にいてくれた友人達に本当に感謝の気持ちで一杯です。
その後は我が家でシャンパンを開け、即席ホームパーティーをしました。
4月10日は祖父の49日でした。
そして、プロコフィエフの楽譜には亡きムニエ先生の書かれた注意書き。
結果発表に時は弟が先日送ってくれた誕生日プレゼントのネックレスをしました。
色々な人に守って貰って生きている。
幸せを感じた一日でした。
写真はアルゲリッチ女史とのツーショット、
そして審査員の先生方。
左からエル=バシャ氏、アルゲリッチ女史、ライブリー氏、カツァリス氏。
写真を改めて見ると・・・やっぱり卒倒しそうです。。(^^;
argerichjury_de_concertiste

Written by yuko 2008.04.14 04:06 | No Comments

生きる、ということ

またまた久し振りの日記となってしまいました。
色々な事がありすぎて、何から書いて良いのか。。。
1月、日本から戻ってからはルガンスキー氏のリサイタルを
シャンゼリゼ劇場で聴き、
ジュヌヴィエーヴ・マルティニー先生の
ヴァイオリンとピアノのデュオのレッスンが始まり、
警察に5回も通ってやっと滞在許可証を取得し、
ガーディナー指揮、ロンドンシンフォニーとピリス女史で
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番をプレイエルホールで聴きました。
ピリス氏といえばモーツァルト、という図式がすぐ頭に浮かぶのですが
彼女のベートーヴェンの4番はとても瑞々しい演奏で、
ガーディナー氏の指揮も
さすが古楽器アンサンブルの指揮をよくされているだけあって
シンプルでありながら高貴で素晴らしかったです。
マルティニー先生はご主人がヴァイオリニストで、
お二人で活動をされているのですが
私は今まで伴奏者としてレッスンについていくことがあっても
室内楽のレッスンを定期的に受けるのは実は初めてで、
彼女の熱くて温かい、心からアンサンブルを愛して楽しむ姿勢は
とても勉強になり、
改めて「音楽って楽しいものなんだなぁ」と感じさせてくれるひとときです。
そして2月に10日間、一時帰国していました。
7日にあった今は亡きムニエ先生のお誕生日パーティーの翌日に日本へ向かい、
15日にはイタリアの恩師、ボリス・ペトルシャンスキー先生の
東京でのリサイタル、
そして16日は中学の同級生の結婚式、
17日には中学の同級生の企画で
代官山にあるTableauxLoungeにてクラシックピアノLivepartyを開催させて頂き、
19日にパリに戻りました。
戻りの飛行機ではダブルブッキングでビジネスクラスの席となり
機中で今回の帰国では最初で最後の日本酒を頂いたり
快適な空の旅を満喫して帰路に着きました。
ペトルシャンスキー先生のリサイタルでは
イモラ時代の日本人門下生と久し振りの再会を果たしました。
先生の演奏は相変わらずパワフルでありながら繊細で、
そして恐ろしい指さばき!
体の使い方も無駄がなく自然で、色々な事を学ばせて頂きました。
友人の結婚式ではシューマン=リストの「献呈」を演奏させて頂きました。
新婦の美しさには一層磨きがかかり、新郎の穏やかで温かい笑顔が印象的でした。
素晴らしい門出に演奏出来て、私自身とても幸せに感じました。
本当におめでとうございます!!末永くお幸せに☆
そして翌日はパーティーでの演奏でした。
演奏した曲目は以下の通りです。
 スカルラッティ:ソナタロ短調K.27/L.449、ニ短調L.422、イ長調K.533
 バッハ=ジロティ:プレリュード
 ショパン:バラード第2番 作品38
 シューマン=リスト:献呈
 ドビュッシー:月の光
今回のパーティーでは定員ぎりぎり、大勢の方がいらして下さいました!
素敵な空間、アンティークのニューヨークスタインウェイの艶のある音、
そしてお客様の華やかで温かい雰囲気のなかで演奏させて頂けた事を
とても幸せに思いました。
昨年6月にも同様のパーティー+演奏という形式のものを開催させて頂きましたが
前回に比べたらトークの方も多少進歩があったのでは・・・と手前味噌ですが思います(^^;
お客様ともお話が出来、また高校以来会っていなかった友人とも
久し振りに再会出来てとても嬉しかったです。
いらして下さった皆様、そして企画をしてくれた優子ちゃん、
本当にありがとうございました!!
また、写真は3枚とも当日の様子なのですが
お友達が撮って下さいました
吉野さん、ありがとうございますm(__)m
20080217I20080217II20080217III
実はこのパーティーの日に祖父が入院をしました。
それを知ったのはパーティーが終わって帰宅してからなのですが
翌日、入院先の病院へ行きました。
祖父は今まで病気らしい病気をしたことがなかったので
病院で面会する、ということ自体信じ難いことだったのですが
少し容態が良くなったそうで、会って話すことが出来ました。
「明日パリに戻るからね。またね。頑張ってね。」と声をかけて握手をしました。
・・・結局、それが今生での最期の言葉となってしまいました。。
私にとっては家族同然だった愛犬の時といい、父方の祖母の時といい、
私はそういう役回りなのでしょうか。。
大切な人のお葬式にいつも参列出来ません。
祖父との思い出は隣りに住んでいたこともあり、沢山あります。
「勉強、友達、思い出は財産だよ。
沢山色々な物を見て、色々な事を経験するといいね。」
と、最近は帰国する度に言っていました。
いつも笑顔で愚痴一つ言わなかった祖父に恥じない生き方をしたいと、強く思います。
2月22日永眠。93歳、大往生ですよね。
おじいちゃん、お疲れ様でした。
後悔のない人生ってあるんでしょうか。。
皆が幸せになる様な、そんな人生を送れたら素晴らしいですよね。
人が生きること、そして何かを遺していくこと。
生きるということは、ものすごく大変だけれど素晴らしいことだと
そんな風に一生を終えられたら良いなぁと思いました。

Written by yuko 2008.02.25 04:07 | No Comments

初春のお慶びを申し上げます

264ee384.jpg
2008年もとっくに明けてしまいましたが・・・
皆様お元気でいらっしゃいますか。
旧年中は大変お世話になりましたm(__)m
2008年は東京では10月に
お台場の方にあるテレコムセンターにてアトリウムコンサート、
12月には東京国際フォーラムにて
ベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」を
演奏させて頂く予定です。
そして初めてのロシア作品を集めたCDも発売予定です。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます!
1ヶ月ほど帰国していました。
久し振りに沢山の友人と会える!とウキウキしていたのですが
イタリアで引いたインフルエンザがなかなか治らず
最初の1週間を棒に振り、結局友人たちとゆっくり会う時間は
次回以降の帰国時へ持ち越しとなってしまいました。。
そしてあっという間に年が明けていきました。
年初めは私にとって初めての録音があったので
元旦から練習モードへ。
録音は横浜の方のホールで2日間行われたのですが
朝早くから夜遅くまで、弾くか聴くかのどちらかで
耳を酷使したせいか、帰宅するとテレビの音が普段より大きく感じ
思わず消音ボタンを押してしまいました。
そして無音の心地良さを初めて感じました。。不思議なものですね。
録音はまさに「作業」といった感じで
勿論お客様はいらっしゃらないので
こちらが語りかけても反応はかえってこない。。
孤独なものだなあと感じました。
でもいつもお願いしている調律師さん、そしてエンジニアの方が
万全の体制を創り上げて下さったので
最初は初めてのことでペースもなかなか作れなかったのですが次第に慣れ、
いつもとは違った角度から冷静に自分の演奏を見つめることが出来て
大変勉強になりました。
編集作業を経て完成するまでまだ道のりは長くありますが
どんな風に出来上がるか不安でもあり、楽しみでもあります♪
パリに戻って早速、ヤマハさんで行われている
ヴェラ・ゴルノスタエヴァ先生のマスタークラスを受講しました。
プロコフィエフのソナタ第7番と
ラフマニノフのショパンの主題による変奏曲を見て頂いたのですが
ロシア革命、スターリン時代のことなどの政治や歴史のお話を伺い
改めて当時の生き抜くことへの困難さ、自由の尊さを知りました。
先生の紡ぐ音はいつ聴いても高貴で深く、心に響きます。
私もそういった音が出せるようにもっとより多くを学ばなければ、と
再認識させられました。
2008年も私にとって慌しい幕開けとなりましたが
今年はより自分をみつめ、より自分を知る為の1年となりそうです。
そして今年こそは体の故障を減らしていきたいと思っていますが
どうなることやら。。。
こんな私ですが、懲りずに付き合ってやってくださいねm(__)m
そして皆様にとりまして健やかで素晴らしい1年となりますように!!
写真は今月3歳になる愛犬ティアラです。
半年振りの再会でしたがばっちり覚えていてくれました♪

Written by yuko 2008.01.21 03:27 | No Comments

ポーランド歴史文芸協会、アルメニア教会での演奏とナポリターノ国際ピアノコンクール入賞のご報告

あっという間に師走になりました。
歳を取ると時間が経つのが早くなるとよく聞きますが
今年は去年以上に日にちが経つのが早く感じてしまいます。
充実しているのか、それとも。。。?笑
さて、11月29日はサンルイ島にあるポーランド歴史文芸協会
La Societe Historique et Litteraire Polonaise
http://www.bibliotheque-polonaise-paris-shlp.fr/
で開催された、駐仏ポーランド大使のスピーチの後に
モーツァルトのソナタK576、ショパンのバラード第2番を演奏してきました。
ベーゼンドルファーのインペリアルが会場には置いてあり
まろやかな音でとても素敵な楽器でした。
弾く予定の時間から1時間以上待たされてしまい
集中力の持続、瞬発力の難しさを感じた本番でしたが
満員のお客様はとても温かく見守って下さり
アンコールにスカルラッティのソナタK533を演奏しました。
その後はカクテルパーティがあり
ポーランド大使をはじめ、沢山の方とお話出来て光栄に思いました。
ポーランド歴史文芸協会1
ポーランド歴史文芸協会2
左が弾かせて頂いたベーゼンドルファーのピアノ、
右は広報の人から頂いた演奏中の写真です。
12月2日にはパリのアルメニア教会で演奏会をさせて頂きました。
プログラムは以下の通りです。
 スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K.27/L.449
             ニ短調 L.422
             イ長調 K.533
 ショパン:バラード 作品38 第2番
 ボルトキエヴィッチ:プレリュード 作品33 No.1、2、4、7、9、10
 ラフマニノフ:ショパンの主題による変奏曲 作品22
スカルラッティのソナタのうち1曲は始めて6日間、
もう1曲は6年ぶりに急遽引っ張り出したのですが
これが案外暗譜を忘れていて本番前日まで苦しめられました。自業自得ですが。。
でも3曲とも好きな曲なので愛情込めて演奏させて頂きました。
ショパンは高2から弾いている、私にとって思い入れの深い曲ですが
久し振りに演奏会で取り上げることが出来嬉しかったです。
ボルトキエヴィッチはウクライナの作曲家でリストの孫弟子にあたるのですが
ほとんど知られていない作曲家なので
聴衆の皆様に受け入れて頂けるか心配でしたが
皆様真剣に聴いて下さり嬉しかったです。
ラフマニノフははもっともっと掘り下げる作業が必要だと痛感しました。
でもロシアの壮大さ、心の痛みなど今の自分の表現したいことが伝わる事を願い
演奏しました。
アンコールは友人のリクエストでプロコフィエフの7番のソナタ3楽章。
最後の2ページでより壮大さを表すためオクターブの音を増やしてみました。
ブラボーの声を頂いたり
見ず知らずのおじいちゃんが泣いて歩み寄ってくれたり
友人達の温かいねぎらいの言葉、そしてプレゼントが何より嬉しかったです。
本当にありがとうございました!!
その翌日、南イタリアのヴィエトリ・スル・マーレへ
A.ナポリターノ国際ピアノコンクールを受験する為行って来ました。
予選ではスカルラッティのソナタ3曲から1曲を審査員が演奏直前に選び、
その他にショパンのバラード第2番、
プロコフィエフのソナタ第7番を演奏しました。
久し振りに満足の行く演奏が出来、ほっとしました。
今回の参加者は少数精鋭といった感じで全員が素晴らしい演奏でした。
ジュネーヴコンクール入賞者も受験するほどのハイレヴェルだったので
本選に進めたのは幸運でした。
ただその後から不幸が。。。
本選前夜23時すぎに練習を終えると吐き気が。。
緊張かな?と思いながら何か食べなければと思いピッツァを頼むも
なかなか咽喉を通らない。
おかしいなあと思いながらホテルに戻り
翌朝9時半のステージだったので急いで寝る支度をしてベッドに入ると
寒くて寒くて眠れない。。。
寒さが落ち着くと今度は世界が回ってる。。
レセプションに電話をして体温計を借りると38度!
平熱35.2度の私が38度!!
とりあえず解熱剤を頂いてお昼12時頃には効くのではないかという話だったので、
早朝事務局に電話して出番を変更して貰いました。
そして10時半に起きて12時すぎにステージへ。
審査員全員から「38度の熱で一睡も出来なかったのに無茶だ。やめなさい」
と反対されたのですが
根性でスカルラッティのソナタK27、モーツァルトのソナタK576、
そしてボルトキエヴィッチのプレリュード第1、2、4番を弾きました。
結果3位を頂いたのですが
入賞者演奏会には残念ながら出られずホテルで床に伏せっていました。
ホテルの方達には本当に良くして頂いて
余りに辛いので病院へ行きたいと言うと医者を呼んでくれたり
(診断の結果インフルエンザでした。。。)
水、コーラ、スープ、ヨーグルトなどを運んで来てくれたり
それなのに支払いの時には宿泊料+5ユーロしか受け取ってくれず。。
人の温かさに感謝してもしきれない、素晴らしい滞在となりました。
審査員の一人にイモラでの恩師マルガリウス先生がいらっしゃいました。
このコンクールは他と違って音楽歴を提出する必要がなかったので
黙っていれば私が生徒だとは分からないのですが
ずっと私には点数を入れなかったそうです。
(通常コンクールでは審査員の生徒には公正を期す為点数を入れられません)
後でコンクールのアーティスティック・ディレクターから聞いて
ちょっと涙が出ました。私には一言も言わなかったのです。
そういう先生の誠実な姿がとても嬉しかったです。
そして今日8日の早朝に出発、至る所で見るからに死にそうだったらしく
色んな方に助けて頂きながら、搭乗拒否されそうになりながら
パリに戻りました。
明日9日には日本へ出発します。
インフルエンザを治したら、日本の皆様遊んでやって下さいね。
そのためにまずはともかくパリの空港まで死んでもたどり着きます!
最後にヴィエトリ・スル・マーレで夕暮れ時に撮った写真を一枚。
この街は8月に訪れたチェターラに程近いところにあり
アマルフィの海はいつ見ても綺麗だなあと思いました。
VietriSulMare

Written by yuko 2007.12.09 07:05 | No Comments

ストライキの中で

パリは交通機関のストライキが13日夜~23日までありました。
普段よりも移動に時間がかかる上に
日本のラッシュアワーの様な光景が続き大変でしたが
そんなさなかにイモラへ行って来ました。
出発の日はストだと事前に分かっていたので
旅行者向けの空港あいのりタクシーを予約しておきました。
最初はホテルと空港を行き来するサービスだからと断られたのですが
ストで困っていて・・・とお願いすると引き受けてくれました。
当日は渋滞を予測して早目の出発だったので
到着まで1時間ほどかかりましたが
スペイン人のドライバーさんもとても感じの良い方で
仏語、伊語、たまにスペイン語でずっとおしゃべりしながら
安心して空港へたどり着くことが出来ました。
パリもすっかり寒さが厳しくなっていましたが
イモラはその比ではありませんでした
滞在中には雪がちらつく日もありました。
私はちょっと左手の親指の腱を痛めてしまっていたので
寒さでより痛みを感じてしまいましたが
滞在中に手首の使い方を変えてみると痛みが和らぎ、一安心しました。
レッスンではマルガリウス先生のポリフォニーを大事にする作り方、
そしてペトルシャンスキー先生のソリストならではの視点が
大変勉強になりました。
また、丁度ワインの初物が解禁になった頃だったので
こちらの地方で獲れるぶどうを使ったTre Montiのワインを試しました。
やはりイタリアのものは若いものでも明るくコクがありおいしいです。
それから以前から訪れてみたいと思っていたオステリア(レストラン)にも
足を運ぶことが出来ました。
店内の雰囲気も良く、
ワインも地元エミリア・ロマーニャ地方のものを中心に揃えてあり
お料理もこちらの地方にしてはあっさりしていて
とてもおいしかったです。
パリに戻ってみるとまだストは継続中。。
郊外線RERは全く動いていなかったので
エールフランスのバスを利用しました。
しかし空港でそのバスが来るまでに1時間待ちました。。
乗車してからはわりとスムーズに行き、
メトロもほとんど待たずに乗れたのは幸運でした。
20日はシャンゼリゼ劇場でのグレゴリー・ソコロフ氏の演奏会へ行きました。
曲目はシューベルトのソナタD958ハ短調、ショパンの24のプレリュード。
アンコールでは6,7曲弾いて下さいましたが
とにかく全てのラインが立体的で、どの音にも意味を持ち、
強靭な集中力で音楽を創り上げており
本当に素晴らしい演奏会でした!
22日はリビツキー先生のクラスでラフマニノフのショパンの主題による変奏曲を
コルトーホールで弾きました。
まだまだ頭と指の伝達が上手く行っておらず
来週のアルメニア教会での演奏会でも取り上げる予定なので
更に煮詰める必要があると感じました。
最近、友人ヴァイオリニストと
ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番の勉強を始めたのですが
間の取り方、フレージングなどより深く彫る必要があり
それがソロにも良い影響を与えていると感じます。
今まで室内楽の勉強はソロに比べると余り出来なかったので
久し振りに複数で音楽を創ることが出来るのが楽しいです。
やはりソロ、特にピアノは孤独なので。。
その日の夜はジャン=マルク・ルイサダ氏の演奏会がシャンゼリゼ劇場であり
前半はオールショパン、後半はオールブラームスでした。
とても個性的な解釈で、強い意思で表現する姿はとても勉強になりました。
ショパンの舟歌が白眉でした。
終演後は愛犬と共に楽屋から出てきて
友人である彼の生徒から「いつでもどこでも犬と一緒」とは聞いていたのですが
演奏会にも連れて来るのかとちょっと驚きました。
それにしても今回のストライキはすさまじい意気込みを感じました。
20日は郵便局と病院、空港の管制塔もストを実施したそうです。
公務員のストもあり美術館も開館されなかったようですね。
オペラ座の公演もいくつかキャンセルになりました。
来月はエールフランス航空のストの可能性もあるとかで
この時期に旅行される方は大変ですね。
交通機関のストライキは終わったとはいえ
完全にダイヤが復旧するまでにはまだ時間がかかりそうです。
写真はイモラのオステリアで頂いたパスタです。
左が友人が頼んだボロネーゼ(ミートソース)、
右がポルチーニと黒トリュフのラビオリ。
このラビオリが絶品でした!
もう一枚は大変見難いですがソコロフ氏の演奏姿。
素晴らしいひと時でしたが、日本で聴く機会がほとんどないのが残念です。
spaghetti&raviolisokolov

Written by yuko 2007.11.25 03:03 | No Comments